まず一般論として、「労災隠し」(労働者死傷病報告書の未提出または虚偽内容報告)は、50万円以下の罰金が科される犯罪です(労働安全衛生法120条5号・122条・100条、労働安全衛生規則97条)。あまりに酷い場合には、労基署に相談しましょう。
また、労災か否か(労災保険が使えるか否か)は、事業主に判断する権限はなく、労基署が判断します。そして、事業主は、労災保険請求者に対し、請求手続きの助力を行わなければなりませんが(労災保険法施行規則23条1項)、現実には、助力・協力を求めることはできないでしょうから、労働者で請求手続きを進める必要があります。当事務所では、労災保険申請サポートを商品としてご用意しています。
もう一歩理解を進める!~労災隠しはなぜ行われるか?~
「何となく事故が起きたことを隠したい」「労災保険手続きは面倒だ(面倒そう)」という曖昧な理由により、事業主が労災を認めないこともありますが、次のようなことが労災隠しを行う主な動機とされています。
①事業主(または元請業者)が、労基署などの役所から調査・監督・行政指導・行政処分が行われることを恐れる。
②事業主(または元請業者)が、発注者からの今後の受注に影響(発注停止などのペナルティー)があることを恐れる。特に、公共工事の場合には、事故発生に厳しいので、隠す動機が強まる。
③事業主が、労災事故によって労災保険のメリット制の適用に影響する(労災保険料が上がる)ため。
④無災害表彰、社内の安全評価・安全成績に影響を及ぼすため。
⑤下請業者が、元請業者の現場責任者などの評価にかかわるため、「迷惑がかからないように」と思う。
⑥元請業者が、下請業者に災害補償責任を負わせる又は元請業者の労災保険を使いたくないため、虚偽の報告を行う。
参考:「労災かくし」は犯罪です_厚労省
自己都合退職・会社都合退職・解雇などに関わらず、労働者である間に起きた業務災害・通勤災害には、労災保険が使えます(労災保険法12条の5第1項)。
使えます。ただし、故意に労災事故を発生させた場合には労災保険は給付されませんし(労災保険法12条の2の2第1項)、重大な過失によって労災事故が発生させた場合には労災保険が給付されないこともあります(同条2項)。
労災保険は、一人でも労働者を雇っていれば原則として強制加入です(労災保険法3条1項、労働保険徴収法3条1項)。
・法的には「労働者を雇っている事業主が労災保険に加入していない」という事態は生じません。したがって、労働者であれば、労災保険を使えます。
・単に、事業主が労災保険料を支払っていない(労災保険成立手続きを行っていない)という可能性はありますが、仮にそうであっても、労働者にとって労災保険適用の可否は関係ありません。
このような場合には、労災保険成立手続きを行っていない間に生じた事故に関する労災保険給付の100%を限度として、事業主が政府からペナルティを課されることになります(労災保険法31条1項、同法施行規則44条)。
→当該事故が業務災害として認定されるには
①業務起因性(事故が事業の危険性から発生したものであること)
②業務遂行性(担当業務が使用者の事業の範囲内にあること)
③業務と災害との間に相当因果関係
があることが必要です。
質問の場合についてみると、用便による作業中断中の場合であっても①業務遂行性は認められます。そして、業務遂行性のある状況下で発生した災害は、業務逸脱や恣意的行為でなければ、原則として②業務起因性が認められますので、生理的必要から生じた用便という行為に伴う事故は、通常は業務災害として認定されるものと考えられます。
→作業の中断中や一時的に業務から離れている場合であっても、生理的必要による行為や通常ありがちなものである限り、業務に付随する行為とみられ、いずれもその間は作業からの離脱がなかったものと扱い、一般的には業務災害と認定されます。
例えば、定期貨物便の運転手が運送途上、食事のため停車し、道路横断の途中で死亡したという事故について業務上の災害と認定されたケースがあります(昭和32年7月19日 基収4390号)。
質問の場合も、通常ありがちな行為として業務災害と認定される可能性が十分に考えられますが、まったくの恣意または私的行為として業務災害と認定されない余地もあります。
→休憩時間中、労働者は自由行動を許されているので、一般にその間の行為は私的行為といわなければならず、特に事業施設の状況に起因することが証明されない限りは一般に業務起因性はないと言わざるを得ません。
質問の場合についても、積極的に施設の欠落等の存在が立証できなければ、業務災害として認定されない可能性が高いと言わざるを得ません。
例えば、昼食中の落盤事故については業務災害として認定されたケースがある一方で(昭和32年2月22日 基収574号)、休憩中拾った不発雷管で遊んでいて負傷した事故については業務上のものとは認定されなかったケースがあり(昭和27年12月1日 基災収3907号)、参考になります。
→社内の運動会や飲み会などは、労働者の本来業務とは別物ですが、厚生・慰安の意味合いがある反面、営業活動としての意味合いも否定できず、これらが業務関連なのか、私的行為なのか、その峻別は極めて難しい問題をはらんでいます。
質問の場合も、一般には業務起因性がないものといわざるを得ませんが、それが対外的な運動会か、内々での運動会かによって労災として認定される基準が定められており(平成12年5月18日 基発366号)、一定の条件を満たせば労働災害として認定される可能性もあります。 個別の事案により判断が異なるところです。
→無断残業中であっても、休日に事業場内を散歩する等のように事業主の支配を全く離れているときとは異なり、一般には事業主が指揮命令をなしうる余地があるため、業務遂行性が認められます。
質問の場合も、事業施設の状況に起因する災害であるならば、業務起因性も認められ、労働災害として認定されるといえます。
→労災保険法では「労働者が、故意に負傷、疾病、障害若しくは死亡又はその直接の原因となつた事故を生じさせたときは、政府は、保険給付を行わない。」と定められていますが(12条の2の2)、近年、業務関連による自殺が多発し、自殺者遺族の勝訴判決が続くようになりました。
このような事態を受け、厚生労働省は「心理的負荷による精神障害の認定基準」という通達を定めました(平成23年12月26日基発1226号第1号)。 自殺事案の場合、この通達に定められた基準を満たしているか否かが最初の分水嶺となります。
質問の場合ですが、長期療養に入った事実自体は業務災害を原因としたものであった可能性がありますが、自殺してしまった時期が離れるほど、業務災害と認定されない可能性が高くなります。類似事案の裁判例として、転落事故により頭部障害を負った労働者が事故から約2年2か月後に自殺したという事案において、期間の経過のほか、障害がかなり回復していたことと、神経症の既往症があったこと等を理由に業務災害ではないと判断されたケースが参考になります(大阪地判平成9年10月29日)。
→出張は事業主によってその期間や場所、業務が定められるので、一連の過程全部が事業主の指揮下にあるものと考えられます。よって、出張中の災害は、業務起因性があるものと推定され、その遂行中に生じた災害は、一般的には業務災害として扱われます。
しかし、出張中の私的な行為における災害については、たとえ定められた出張期間内に生じたものであっても労働災害とは認定されません。出張中の行動は、事業場施設外での行動であるため、その態様が複雑であり、難しい問題を多くはらんでいます。
質問の場合、恣意的・私的行為であると判断されてしまう可能性がありますが、会社指定以外のホテルに宿泊したことに合理的な理由があるのであれば、労働災害であると認定される可能性もありますので、諦めずに業務との関連性を主張・立証することも必要でしょう。
→労働基準法施行規則別表第1の2では「暑熱な場所における業務による熱中症」を業務上疾病のひとつに挙げられており、政府はその認定基準を定めています。
質問の場合も、この認定基準に該当する行動と疾病であると認められれば、業務災害として認定されます。原則として日射病や熱射病も熱中症に含まれますが、業務災害としての認定の可否は、さらに作業環境や労働時間、本人の身体状況等も加味した上で、総合的に判断されます。
→いわゆる過労死は、労災保険では「脳・心臓疾患に伴う業務上死亡」と扱われており、厚生労働省は平成13年12月12日付で「脳血管疾患及び虚血性疾患」の改正認定基準を定めております。
質問の場合も、同基準に該当するのであれば、まずは労働災害として認定されるといえます。 また、その後、最高裁判所は、上記基準を緩和した考えのもと、労働災害にあたるか否かの判断を行っています(最判平成18年3月3日)。 この最高裁の考えに沿った状況にあてはまるのであれば、最終的には補償を受けられるといえます。
→厚生労働省は「心理的負荷による精神障害の認定基準」という通達(平成23年12月26日基発1226号第1号)を定めていますので、まずはこの基準を満たしているかどうかがポイントになります。しかし、過酷な業務の末、うつ病にり患してしまい、その後自殺に至ってしまう事例について、昨今、労災認定を肯定する裁判例がいくつも出ています。
例えば、コンピューターソフト開発の部長職にあった労働者が、強い心理的負担と長時間労働(毎月100時間前後の時間外労働)とがあいまってうつ病にり患して自殺した事案について、労基署が労災を認定せず、不支給処分をしたのですが、裁判所はこの処分を取り消しました(東京地判平成22年3月11日)。
質問の場合も、過酷な業務の具体的内容(時間外労働の時間数等)や、業務上、心理的に強い負担となる事象が存在していたことなどが立証できれば、業務災害と認められる可能性があるでしょう。
→帰宅途中であっても通勤災害に該当する状況下での事故であれば、労災として認定されます。通勤災害と認められるためには、「合理的な経路および方法」での通勤(帰社)であることが必要です。
質問の場合も「合理的な経路および方法」での帰宅、例えば、会社に届け出ている経路での事故であれば、通常はこの基準を満たすものと考えられます。なお、他の条件として「通勤に通常伴う危険が具体化したもの」である必要がありますが、今回の件では工事現場があり、工具が落ちてくるのは、工事現場のそばを歩いて通勤する以上、避けられなかったことと考えられます。 よって、通勤経路が合理的なものであれば、通勤災害として認められることになります。
→労災保険の保険給付の対象となる通勤は必ずしも1日1回のみと限られているわけではありません。 通勤災害として認定されるには、「就業に関し」ての通勤である必要があり、質問のケースでは、昼休みの一時帰宅は、一見就業に関するものといえないようにも思われますが、午前の業務を終了し、一度退勤するものとして扱われるため、この間における事故は通勤災害となります。
→通勤自体が合理的な経路および方法によってなされていても、途中で通勤経路を逸脱または中断してしまった場合、逸脱・中断中における事故は通勤災害と認められません。また、その後通常の経路に戻っても通勤災害と認められない場合があります。
質問のケースの託児所の経由が、合理的な経路の範囲内(最短距離でなくとも合理的経路といえる場合は多々あります)にあるのであれば、そもそも経路の逸脱・中断はないということになりますが、合理的な経路の範囲外の場合(経路から大きく外れる場合等)、経路に戻った後の事故であれば、通常は通勤災害と認定されるでしょう。
→通勤災害として認定されるためには、通勤が「合理的な方法によるもの」と認められる必要があります。
また、故意による行動から事故が発生した場合、労災として認定されません。 質問のケースは、徒歩自体は通常であれば合理的な方法によるものと認められますが、交通法規の違反は合理的な方法といいうるのかという問題のほか、故意の交通法規違反で事故を招いたことからすると、通勤災害と認められないか、認められても給付制限される可能性もあります。
→労災保険法は、平成17年の法改正によって、単身赴任者の赴任先住居(勤務先へ通うための住居)と帰省先住居(家族が暮らしている住居)との間の移動についても通勤と認められるように適用範囲が拡大されました。
労働日でない日の移動中でも労災保険が適用される場合があります。 ただし、赴任先住居と帰省先住居間の移動が無制限に通勤と認められるわけではなく、家族である子や配偶者が一定の条件(18歳未満の子が帰省先住居で就学中であるなど)に当てはまる場合でなければなりません。
ご質問の場合も、厚生労働省による通勤災害の適用範囲や改正労災保険法に照らし、条件を満たすものかどうか検討する必要があります。
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