本件は「電通過労死事件」として、著名な事件です。
被災者は、大手広告代理店である電通(以下「会社」といいます)に勤務していた20代男性です。入社2ヶ月ほどで、長時間労働が常態化している部署へ配属になりました。配属当初から、退勤時間が午前2時以降になるなど、長時間にわたる残業がありましたが、次第に悪化し、更に徹夜や休日残業なども行われるようになっていきました。
被災者が会社へ申告した勤務記録は、三六協定で定められた上限の前後となっていましたが、実際の勤務時間よりも相当少なく申告されていました。
入社してから1年経つ頃には、業務の遂行と睡眠不足により、心身共に疲労困憊した状態となりました。被災者自身もそのことに気付いていましたが、上司からは、業務は期限までに遂行すべきことを前提として、帰宅してきちんと睡眠をとり、業務が終わらないのであれば翌朝早く出勤して行うようにと指導を受けただけで、状況は変わりませんでした。
こうした状況が誘因となって、遅くても入社から1年4ヶ月ほどで、被災者はうつ病に罹患しました。ただし、精神科等には通院していなかったようです。
そして、入社から約1年5ヶ月に出張を伴う業務を終え、帰宅した後、自宅で亡くなっていることが発見されました。
その後、相続人である両親が原告となり、会社側の責任を追及する裁判が行われました。難しい案件であったことから、なかなか決着がつかずに、地裁、高裁、最高裁と審理が進んでいきました。
(最高裁判平成12年3月24日民集54巻3号1155頁)
今回取り上げる最高裁での判決のうち、特に重要なポイントが2つあります。
会社側の損害賠償責任を認めた高裁の判断を是認し、会社側の上告を棄却する。つまり、会社側の使用者責任を認め、会社側には遺族に賠償する責任があることを認めるというものです。
会社(使用者)は、雇用する労働者に対して、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して、労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負います。また、使用者に代わって労働者の指揮監督を行う者(いわゆる上司)もまた、労働者の心身の健康につき注意する義務を負うべきです。
本件で言えば、会社や上司は、業務の量などを適切に調整するための措置を採る必要がありました。しかし、上司は、被災者が徹夜までする状態にあることや、被災者の健康状態が悪化していることに気付いていながら、その負担を軽減するための措置を採りませんでした。そのため、被災者はうつ病が原因で自殺してしまったのだから、会社側は被災者の死亡による損害を賠償する責任を負うと最高裁は認めました。
被災者の性格等を理由に賠償額を減額するという高裁の判断については、一部に法令違反が認められるため、この部分を否定して高裁に差し戻す。つまり、高裁で認められた賠償額の減額について「被災者がうつ病になったのは全てが会社側の責任ではなく、被災者側にも一部責任があるから、賠償額を減額すべき」という高裁の判決は、間違っている。そのため、賠償額の減額の部分については高裁でもう一度検討するよう命じるというものです。
素因減額・過失相殺という考え方はご存じでしょうか?
本件でいえば、被災者がうつ病になって自殺したことの原因や責任の一部が、被災者側にあった場合、会社側が遺族に支払う損害賠償額を一部減額することができるという考え方です。
当初高裁では、被災者の性格が、うつ病になりやすいとされる「真面目で責任感が強く、几帳面かつ完璧主義」であったことや、被災者と同居していた両親が状況を改善する措置をとらなかったことなどのいくつかの理由を挙げたうえで、損害賠償額の3割を減額すべきであるという判決が出されました。
しかし、最高裁では判決が覆りました。会社側は、労働者の個性を把握したうえで配置先や業務内容を決められるのだから、本件のように被災者の性格が、個性の範囲内といえる場合は、賠償額を減額する必要はない。また、両親が被災者と同居していたとはいえ、大学を出て独立した社会人として働いていたのだから、状況を改善できる立場にあったとはいえない。つまり、被災者の性格や両親の落ち度を理由に賠償額の減額をする必要はないと最高裁は認めました。
本件は、当時はニュースなどでも大きく取り沙汰されました。下級審では態度の分かれていた過労自殺について、最高裁が会社の損害賠償責任を認定し、世間に知らしめた画期的な裁判だったといえるでしょう。
また、最高裁は、精神疾患の案件では、被災者の性格等を理由に軽々に賠償額を減額することはできないことを明らかにしました。この判決が出た後、過労自殺や過労による精神疾患案件につき、裁判所が被災者に有利に認定するようになったと評価されています。
なお、第二の電通過労死事件ともいわれる「髙橋まつり」さんの事件は、本件とは異なります。本件も悲惨な事件でしたが、それを経ても同様の事件を繰り返しており、企業の体質を改善することがいかに難しいかを示す例ともいえるでしょう。
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